返金事件
コミケに落ちると起こることは、第一に「返金作業が面倒だ」ということです。
これは内向型インドア人間――通称「引きこもり」にはつらいミッションで、寒風吹きすさぶ師走の街中を郵便局目掛けて歩かなければなりません。
ですが、8000円は失うには惜しい額ですね。
なので、郵便局へ行き、通りかかる人々の視線を掻い潜りながら、「保険・貯金」窓口の整理番号を取り、ソファに座って待たなければなりません。
ネット情報の憂鬱
次に、「ネット情報を見て憂鬱になる」ということです。
今回の冬コミでは「AI作家がダミーサークルを作ってる!」「不公平だ!」「理不尽だ!」という声が上がりました。ただ、きちんとAIのハウツー同人誌やAIでできることを模索して細々とやっている人もおります。
その中で、AI作家による愚かな煽りというか、「もう嫌がらせ目的やん」みたいなこともあり、炎上までしていましたね。
それで「AI、4すべし慈悲はない」と叫ぶ過激な方々もあって、「世はまさに大炎上時代」でした。
こうした争いを見ていると、胸がぐーってなりますね。一応、AIを仕事での補助ツールにしている身としては。
ただこのような毛のない争いよりも、胸がぐーってなるのは「●●●●@西館●ブロック●-1●」といった「ああ、この人、当選したんやな」って人を見ることです。
嫉妬というより、もっと鈍く、静かな切なさがあります。
努力や内容とは必ずしも比例しない結果が、無言で突きつけられる感覚ですね。
コミケリスク
こうしたコミケ当落の本質とは、
「個人では結果を制御できない」、いわゆる制御不能性(uncontrollability)の高い状況にある点に注目する必要があるでしょう。
今回のコミケでは、当落基準や選考過程の透明性について、参加者の間で疑問が呈される状況が生じました。これは、最終的な当落結果が抽選というブラックボックスに委ねられているためだと考えられます。
本来であれば、コミケの当落は昔から存在しており、参加者もある程度はそれを前提として受け止めてきたはずです。
しかし近年、参加者数やサークル数が減少傾向にあると認識されていた中で、従来通りのスペースが確保されなかったことは、多くの人々にとって違和感や疑念を生む結果となりました。
これに加えて、一部のAIサークルによる、いわば「嫌がらせ」と受け取られかねない発信や、ダミーを疑われるサークル配置の存在が、議論の延焼要因となったといえるでしょう。
このような制御不能なリスク状況は、人間の不安や怒りを強化し、それらの感情を他者に向けて発散させてしまう危険性を孕んでいます。
今回のコミケ騒動では、多くの人々の怒りが、特定の個人や集団へと向かいやすい、いわば「スケープゴート化」が生じやすい構造にあった点が注目されるべきでしょう。
問題は、個別の是非というよりも、「怒りが制度そのものではなく、可視的な他者へ向かってしまう環境」が形成されていたことにあります。
感情の増幅
この種のリスクが厄介なのは、当落という一次的リスクそのものよりも、感情の増幅という二次的リスクを生み出す点にあります。
たとえば、落選そのものや、
「郵便局に行かなければ8000円を失う」といった事態は、当落によって直接生じる基本的なリスクです。
しかし、より深刻なのは、怒りが拡大することで発生する炎上、相互不信、表現者間の分断、運営への過剰なバッシングといった二次的リスクです。
コミケにおいては、近年、落選という事態そのものが相対的に少なくなっていた側面もありました。そのため、「コミケは落選しにくい」という経験が蓄積され、「主観的に感じ取っているリスクの大きさ」が低く見積もられました。
その結果、当落に伴う不確実性やリスクを受け止めるための心理的な準備が不足し、感情反応が過剰になった可能性も否定できません。
逸脱の状態化
Normalization of Devianceという概念は、本来、交通事故や宇宙ロケットの事故などの研究に用いられます。しかし、リスクや害の程度の差はあれ、胡の概念によって似た現象を説明することができます。
この概念は「問題が起きない状態」が続いてしまうと、「本来ならば例外である状態が普通のことであると認識される」という「逸脱の状態化」のことを意味します。
例えば、大勢の人が赤信号を渡っている横断歩道があるとします。その横断歩道は車の通りも少なく、むしろその向こうには仕事先のビルや商店が多いため、皆が赤信号でもわたってしまいます。
この間、「同調圧力」や「正常性のバイアス」などの心理も働き、毎日のように人々が赤信号でも横断歩道渡っていると、やがてこの逸脱行為が「普通」となってしまい、常態化してしまいます。
するといざ車がやってきても、赤信号で渡ってしまい、結果的に破局的な結果に繋がってしまいます。こうしたリスク状況や逸脱が常態化してしまうと、習慣が抜けきらないのと同じように、修正することも困難であるとされています。
リスクを受容することの重要性
リスクの観点から見れば、近年の経験によって落選リスクの主観的認知が低下し、結果として心理的な準備が不足した状態で制御不能な当落に直面したことが、感情の増幅を招いたと考えられます。
この感情の増幅を抑えるためには、「こうしたことも起こり得る」という前提に立ち、リスクとどのように向き合うのかを考え、理解することが不可欠でしょう。
これを「リスク受容 Risk Acceptance」といいます。つまりある程度予測が可能であり、繰り返し経験しているため、「意味づけ」ができた状態のことです。
リスクを受容することで、私たちはある程度の「心の余裕」を感じることができるでしょう。
リスクをゼロにすることはできません。
しかし、その構造を理解することで、二次的な被害「闇堕ち」を最小限に抑えることは可能です。
