ホロライブデバイスが立ち上がって、一年が経過し、今年で二年目を迎えようとしている。
私はホロライブを好き嫌いせず様々な配信を見ているが、その中でも「儒鳥風亭らでん」というVTuberは異色すぎると思う。
一年半で100万人を達成し、多くの文化芸能のコラボを実現するなど、活動の幅の広さはとどまることを知らない。
また「まいたけダンス」もTikTokで流行したことも人気の一つであるように思う。
しかしダンスが流行る前からすでに彼女は70万人の登録者を確保していた。ダンスがバズってから30万人増えていたとしても、影響の範囲は小さいようにも見える。
では、なぜ彼女が多くの人々の心を射止めるのか。
実際、ファンの間ではデバイスファンの中にホロリスがどの程度いるのかが議論になる。しかし、私は半分はデバイス独自のファンであり、もう半分のホロリスも恐らく視聴形態や特性が多くのホロリストは異なる可能性がある。
これは近年流行している個人勢にも通ずる特徴かもしれないので、メモ書き程度に読んでほしい。
エンタメ心理学:覚醒水準
例えば「エンタメ心理学」というものがある。これは最近になって一部の心理学を学んでいる方々から言われだしてきた心理学の一種である。
エンターテイメント心理学研究会というものもあるらしい。私は参加したことがない。
その中に「覚醒水準」という心理学の概念が存在する。
これはパフォーマンスの高さに関わる緊張や興奮のレベルのことを意味する。例えば対戦ゲームをしたり、私たちがパソコンの前で仕事をするなどをする際には、それ相応の適度な緊張感や刺激が必要になる。
仕事や競技、作業などで結果を残せるようにしようとする状態が覚醒水準の高さによって変わる。
どういうことか?
覚醒水準が高いまま仕事をすると、興奮しすぎたりして、パフォーマンスが下がってしまう。陸上競技では、興奮状態であればあるほど良い成績を残しやすいため、覚醒水準が高い状態が望ましい。
一方で、ゲームや射撃やチェスなど冷静さが必要な勝負では興奮状態であると集中が切れてしまうため、適度なリラックス状態が望ましい。つまり覚醒水準が低い状態が望ましいのである。
そこで「らでんさんの配信」を見て見ると興味深いことが分かる。
彼女の会話のテンポは一定である。いきなり変化が出たりというアップダウンがほとんどない。例えばいきなり大声で笑ったり、大きい声を出したりせずに一定のリズムを保っているのである。
覚醒水準を一定に保ちながら雑談配信を行っているのである。
知的好奇心を満たす:好奇心ギャップ
儒烏風亭らでんさんの配信には、「知的好奇心を満たす心理」 が強く作用している。人間は本能的に 「知りたい」「理解したい」 という欲求を持っており、それを満たすコンテンツには強く惹かれる。
有名なレオン・フェスティンガーの「認知的不協和」という理論がある。これは要約すれば「自分が知らないこと、理解できないこと」に対して不快感を抱く人間の心理である。
とりわけ「文化・芸能」に関する学問といういかにも「小難しそうな話題」は多くの人が興味を持てずに、後ずさりしそうな内容である。らでんさんはカバー株式会社の面接でも「それは人気が出ないかもしれない」と指摘されている。面接官は恐らく「学問」に訴求力がないことを理解していたのだろう。
しかし、実際のところ、彼女の配信は人間の「認知的不協和」を解消するに至った。
「好奇心ギャップ(Curiousity Gap)」という概念がある。
これは情報ギャップ理論(information gap theory)に近い概念であり、ユーザーが情報の欠如を埋めるために行動を起こすよう仕向けるユーザーエクスペリエンスの手法である。
例えば、漫画を読んでいると次の話が知りたくなって、課金を続けたり、タイトルを見て面白そうな本があるから購入してみるというのがそれである。
好奇心ギャップは、その人が知りたい情報を適度に隠すことで、関心を引き付けて、さらなる知的欲求を満たす行動を促す。
これがどうVTuberの配信に活かされるかと言えば、こういう展開である。
ホロライブは新人VTuberのデビュー前に、公式生配信で先輩Vたちが新人のアバターを紹介する。一人一人のプロフィールを読み上げたり、そのキャラがどんなキャラなのかを予想させる。そして公式はメンバー一人一人のPVを制作し、視聴者の想像力や期待を高めようとする。
デビュー当時のらでんさんの説明は以下の内容である。
伝統と革新に身を包み、落語家に浪漫を抱くおばあちゃん子。
新旧和洋を問わず文化・芸能を愛しており、美術館通いの結果、金欠気味の日々を過ごしている。決してお酒の買いすぎが原因ではない。
落語と出会ってからはより話すことが好きになり、噺作りにも挑戦中。

この公式プロフィールを呼んだ時、視聴者はこう思うはずである。
「伝統と革新って何?」
「文化芸能?」
「美術館通い?」
「落語?」
これまでにない非常にマニアックなキャラクターに、好奇心が刺激されるのである。そして関心がひきつけられる。らでんさんというキャラクターは、今のところプロフィールにしか書かれていない。外見的な特徴しかわからない。一体このキャラがどんなふうに飛び出してくるのか、全くの予想ができないのである。
小難しい人なのか?
それとも風変わりな変人なのか?
そうした情報が皆無な状態で好奇心が刺激されると、人はそのギャップを埋めるために彼女の配信にやって来るのである。
好奇心を満たす:情報ギャップ理論
先述した情報ギャップ理論であるが、これはジョージ・ローウェンスタインが提唱した人間の知的欲求のメカニズムを説明する理論である。
人間は知識が欠けていると感じると、その「ギャップ」を埋めるために情報を集めようとする。自分には情報が少ない、知識がないなと感じた時に、こうした心理は発生する。ただしこのギャップが大きすぎると、情報に対して難しいと考えるようになり、知的好奇心は低下するのである。
誰も興味を持たなくなるのである。
らでんさんで言うところのギャップの大きな情報が「文化・芸能」である。関心がある人が最初から視聴しているかもしれないが、大半は何もわからない状態だったように思われる。
そしてらでんさんの配信が始まる。「ひきめかぎばな」が分かる、「人間国宝とは何か?」ということがわかる。ゲームをしていて知識が深まる。
そしてそのギャップは常に適度である。難しそうだが、難しくない。知らないのに聞いていて苦ではない。
これは知的欲求を維持するのに最適な状態である。視聴者はらでんさんのファンであり、配信を聞き続けている限り、そうした知的好奇心を満たすことができる。
陰謀論がなくならない理由
実際にこうした知識ギャップという現象は、陰謀論で多く見られる。Qアノンが「パンくず」という断片的な情報を書き込んでいく。そして、そのパンくずに沿って、ネット掲示板のユーザーに「謎解き」をさせた。ユーザーは没入感のある参加型ゲームの要領で、謎を紐解いていき、世界の陰謀を明らかにした。
これは、最初にユーザーが「世界には陰謀がある」という漠然とした情報量から、適度にギャップを埋めていくことで知的好奇心を満たす状態に仕向けられたのである。ごくごく一般的な心理学の現象なのだ。
Qアノンの拡大は、認知的不協和における情報不足への不安から生じる現象であった。そして情報ギャップ理論に基づいた適度な情報の収集が行われることで、Qというファンを生み出したのである。彼らは「推し」を見つけて応援する、一種のファンダムを形成しているに過ぎないのである。
それでも「推し」は美しい
らでんさんの人気の背景にはこうした「知的好奇心」というキーワードが存在する。儒鳥風亭らでんという現象は、「知りたいけど、まだ知らないことがある」と感じると、それを埋めたくなる心理現象なのである。
らでんという現象は、講義を聞くというつまらなさそうな枠を飛び越えた、一種のバーチャルな「文化体験」なのだ。だからこそ多くのファンが彼女に惹かれるのだろう。